お知らせ
2024.02.01

富山県氷見在住の魚料理研究家「昆布」による連載コラムvol.32

皆様、あけましておめでとうございます。

本年も氷見の魚共々、魚料理研究家の昆布をよろしくお願いいたします。

 

—というようなご挨拶が1か月ほど遅れてしまいました。

本来であれば皆様の正月明けの仕事復帰に合わせてコラムを投稿する予定だったのですが、元日に起きた能登地震の影響により先月のコラムは編集担当者さんに代筆していただき、箇条書き形式での現状報告のみにさせていただきました。
どこから何を文章にしていいのか正直迷うところではありますが、今月のコラムでは私自身の被災した経験やそれに対する想いを時系列的に書いていこうと思います。(この経験が将来もしかしたら誰かの一助になるかもしれないので。)

海の近くに住んでいて初めて感じた恐怖なども書いていきますので、苦手な方はこちらにてページを閉じていただければ幸いです。

 

 

 

 

 

 

津波 逃げて

元日は私たち家族も含め親戚が妻の実家に集まり、ゆったりとした時間を過ごしていました。

その後久しぶりの再会や現状報告が終わり、夕飯の支度の前の気だるい空気が流れ始めた頃、今までに経験したことのない強い揺れを感じました。揺れが収まってからすぐにテレビをつけると、「津波 逃げて」の文字とアナウンサーの怒号のような呼びかけが目と耳を襲いました。
その時瞬間的に脳裏に「死」の一文字が浮かんだのを覚えています。しかしその状況に呆然としている暇はなく、持てる荷物のみを持ち出して家族で車に飛び乗りました。とにかく津波が届かない高いところを目指し、途中津波におびえながら、陥没や隆起した道をなんとか進みながら、高台のふれあいスポーツセンターへ逃げ込むことができました。

そこでは多くの人が避難をしており、中には店の常連さんや妻の地元の同級生、店の開業前にバイトをさせてもらっていた民宿の方もいらっしゃいました。その避難中で最も印象的だったのは、若い常連の男の子のお父さんが氷見の町の夜景を見下ろしながら呟いた、「もしあの海側の街灯が消えたら、津波に飲み込まれたということなんだろうなぁ…」という言葉。

その時に海の近くに住んでいることの恐ろしさをひしひしと感じたのを覚えています。被災前、富山湾の景色と魚に惚れて移住した僕にとっては、住処と店を海の見える場所に構えることが絶対条件でした。しかしその希望を叶えて住み始めた家は、そしてオープンした店は今どうなっているんだろうか。どうしようもない焦りと不安が一晩中ぬぐえませんでした。

一晩明けて

その後避難所で一晩を過ごし、津波警報が解除された昼前に高台を降り、車で家と店へ向かいました。いつもとは一変した景色にうろたえつつ車を走らせ、まずは家に。
幸い物が落ちただけや棚が倒れただけに留まり、建物には問題はなく倒壊や壁のひび割れは見られませんでした。

しかしその後店に行くと、大きな変化が。
外から見てもわかるほど建物が後方に傾いていたのです。中に入ると少し平衡感覚が狂うぐらいの傾きを感じました。
幸い中の設備は無事で、グラスと皿が割れた程度に留まりました。しかし店内で感じるこの傾きは接客業としては致命的で、その場で「あぁこれは当分お客さんを店内にご案内できないかもしれない」と感じました。

その後様々な専門家に相談をしたところ、地盤の液状化による建物の沈下と判断されました。なんとか直して営業を再開したいと、余震が少なくなって車道が整備されたタイミングでいくつかの業者に調査を依頼したところ、かなり難しい工事になるのに加え、専門の工事業者に来てもらうにはかなり時間がかかるとの報告を受けました。

そのような状況から短期間での再開は難しいと判断し、店の長期休業を決断したのです。

そんな怒涛の、悪戦苦闘の日々を過ごした1月でした。

復旧に向けて

しかしいつまでも落ち込んでいられません。
この状況はやはり自分が動かなければ何も変わらないからです。変わらず富山湾からは美味しい魚が揚がり続けているからです。

そして何よりも、たくさんの方から応援やご支援のお申し出があり、大変勇気づけられたからです。
この場をお借りして感謝申し上げます。

現在は復旧に向けて様々な方と協議をしつつ、少しづつ店内にお客様を入れない形での営業を再開しています。(幸い厨房設備は全く被害が出ておらず、これ以上傾斜する可能性はないだろうという専門家の意見もありましたので)

先日はご依頼いただき、イベントへのサンドイッチセットのお届けと、富山市内のお店にご協力いただいて出張でブリ会を開催しました。
仕込みのために魚を約2週間ぶりに捌いていると、心身共に何か日常的なモノが駆け巡るような気がして、無性に嬉しくなりました。新卒で魚屋に入って以来こんなにも魚を捌かなかった日々は無かったので、その想いもひとしおで。

そうして久しぶりにご提供した料理に舌鼓を打ってもらった瞬間、やっぱり自分はこの仕事が好きなんだなぁと実感しました。
まだ何も見通しは経っていませんが、これからも復旧に向けて努力していきますので、それまでの間もし可能であれば多くの皆様に魚料理を届けられる機会をいただけたら嬉しいです。

そして氷見の道路は少しずつ復旧し、多くの飲食店が再開しています。そんなお店さんからすると、今氷見に食べに来ていただけることが何よりもの応援です。
県内にお住みの方はぜひお気軽にご来店くださいね。

今後ぼくのお店もどのような形であれ営業再開をした際には、何かめでたいことをしたいですね。正月の雅楽をかけながら、店中鯛の料理で埋め尽くす、とかですかね笑

あいやなにはともあれ!今年もよろしくお願いいたします。

魚料理研究家【昆布】

東京都葛飾区出身、1993年生まれ。
大学卒業後、大手スーパーの鮮魚部に勤務。
旅行で訪れた富山県氷見のあまりにも新鮮な魚に一目ぼれし、2019年10月氷見へ移住。
2023年8月には、魚料理専門店「サカナとサウナ HOTEL&DINER」を開店。
地元の魚屋・漁師・料理人と語らいながら、日々魚料理の新たな可能性を素材と調理法の両面から研究中。

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